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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)7480号 判決

原告 エーシー産業株式会社

右代表者代表取締役 高橋吉雄

右訴訟代理人弁護士 定塚道雄

同 定塚脩

同 定塚英一

被告 株式会社前中製作所

右代表者代表取締役 前中弘之

右訴訟代理人弁護士 真野稔

同 湯浅甞二

主文

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の土地及び建物を明渡し、かつ、昭和五三年一月一日から右明渡済まで一か月金五〇〇万円の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文同旨

2  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  代物弁済

被告は、訴外安宅産業株式会社(以下「訴外会社」という。)と、昭和五一年二月二五日、被告の訴外会社に対する同月二〇日現在の借受金債務金六億九三七六万四六九四円及び被告の訴外会社に対する右同日現在の支払手形金債務金四億〇一二九万九四四一円の内金一億五六二三万五三〇六円の合計金八億五〇〇〇万円の支払に代えて、被告所有の別紙物件目録記載の土地建物及び付属の機械器具(以下「本件土地建物等」という。)を訴外会社に譲渡することを合意し、これに基づいて、本件土地建物につき、同年四月二七日付で訴外会社への所有権移転の登記がなされた(以下「本件代物弁済」という。)。

2  賃貸借契約

訴外会社は、被告に対し、昭和五一年二月二五日、本件土地建物等を左記約定で貸渡した(以下「本件賃貸借」という。)。

(一) 賃貸借期間 右貸渡日から満二〇年間

(二) 賃料 貸渡後一年間は月五〇〇万円を毎月末日限り持参又は送金して支払う。

二年目以降の賃料は、被告の事業成績を考慮して、双方協議の上決定する。

(三) 特約 被告が賃料を三か月以上滞納したとき、支払停止等に陥ったとき等の場合には、訴外会社は催告なくして賃貸借契約を解除することができる。

3  原告の本件土地建物等の買受と賃貸人の地位の承継

原告は、訴外会社から、昭和五二年九月一〇日、本件土地建物等を金九億八九〇〇万円で買受け、同月三〇日その旨の所有権移転登記を了し、本件賃貸借における賃貸人の地位を承継した。

4  賃料額の約定

原告と被告は、昭和五二年九月三〇日、本件賃貸借に基づく賃料を同年二月二五日から一年間月額五〇〇万円とする旨約定した。

5  被告の債務不履行

被告は、昭和五二年一〇月分以降賃料を支払わない。

6  本件賃貸借の解除

(一) 本件賃貸借は、被告の右債務不履行により、前記2(三)の特約に基づき、昭和五二年一二月末日限り解除された。

(二) 仮にしからずとするも、被告は昭和五三年七月五日頃銀行取引停止処分を受けたので、原告は、被告に対し、昭和五三年七月一三日、被告が三か月以上賃料を滞納していること及び支払停止に陥ったことを理由に、本件賃貸借を解除する旨の意思表示を書面でなし、右意思表示は同月一四日頃被告に到達したから、本件賃貸借は右同日をもって解除された。

(三) 仮にしからずとするも、原告は、被告に対し、昭和五四年六月一九日、被告の前記債務不履行により本件賃貸借を解除する旨の意思表示を書面でなし、右は同月二〇日被告に到達したから、本件賃貸借は右同日をもって解除された。

7  賃料相当額

昭和五三年一月一日以降の本件土地建物等の賃料相当額は、一か月金五〇〇万円である。

よって、原告は、被告に対し、本件賃貸借解除に基づき本件土地建物の明渡及び昭和五三年一月一日から右明渡済まで一か月金五〇〇万円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、同2の各事実はいずれも認める。

2  同3の事実は認めるが、本件賃貸借の内容のうち、同2(三)の特約は原告において承継しないものである。

3  同4、同5の各事実はいずれも認める。

4  同6(一)の事実は否認し、同(二)の事実は認める。

三  抗弁

1  通謀虚偽表示

(一) 本件代物弁済は、被告と訴外会社において真に、被告の負担する債務の支払に代えて本件土地建物の所有権を移転する意思がないのに、通謀の上、その意思あるものの如く仮装したものである。

(二) すなわち、訴外会社は、本件代物弁済の当時、深刻な経営危機に陥っていたところ、被告に対しては、当時なお売掛金債権、手形債権、貸付金債権等合計金一一億円以上にのぼる各種債権が未回収のまま放置されていた。

しかして、このように多額の債権を未回収のまま放置しておくことは、訴外会社における被告との取引の担当者の責任問題を惹起することが必至であったため、右担当者は、被告に対し、未回収債権が回収されたかの如き外観を作出するため、本件土地建物等を訴外会社に代物弁済した旨仮装することを慫慂し、被告は、これを容れて、本件代物弁済契約を締結したものである。

2  商法第二四五条違反(株主総会特別決議不存在)

本件代物弁済は、被告の営業を構成する全財産ともいうべき本件土地建物等をすべて訴外会社に譲渡するものであり、これは商法第二四五条第一項第一号にいう「営業ノ全部又ハ重要ナル一部ノ譲渡」に該当するものと解すべきであるから、被告の株主総会の特別決議を経るべきところ、右特別決議を経ていないから無効である。

3  商法第二六〇条違反(取締役会決議不存在)

仮に、営業譲渡に該らず右特別決議を経ることを要しないとしても、本件代物弁済は被告の取締役会の決議を経ることを要すると解されるところ、右決議を経ないでなされ、かつ、訴外会社は右決議の不存在を知悉していたものであるから無効である。

4  同時履行

(一) 被告と訴外会社は、昭和四七年五月二五日、本件土地建物等につき、訴外会社の被告に対する売買代金債権、手形債権等を担保する目的で、代物弁済予約契約を締結し、同年六月二〇日付で右予約を原因とする所有権移転請求権仮登記をなした。

(二) さらに、同五〇年二月二〇日、両者は、同趣旨のもとに、本件土地建物等につき代物弁済予約契約を結んだうえ、同月二二日付で所有権移転請求権仮登記をなした。

(三) しかして、本件代物弁済は、これら仮登記を得た債権担保目的の代物弁済予約契約上の権利(いわゆる仮登記担保権)の実行としてなされたものに外ならないから、被告は、清算金として、仮登記担保権者たる訴外会社から、昭和五一年二月二五日当時の本件土地建物等の価額金一六億三七三〇万円から前記債務金八億五〇〇〇万円を控除した残額金七億八七三〇万円及びこれに対する同月二六日から支払済まで年五分の割合による民法所定の遅延損害金の支払を、受ける権利を有する。

(四) 訴外会社は、昭和五一年末に経営が破綻した結果、訴外伊藤忠商事株式会社(以下「訴外伊藤忠」という。)に吸収合併されたが、その際、訴外伊藤忠は、訴外会社の採算部門だけを吸収したため、不採算部門を処理するために設立されたのが原告である。

(五) このような原告設立の経緯からすれば、原告と訴外会社は法形式的には別人格であるが、実質的には前者は後者の承継会社と称して差支えなく、従って、被告が訴外会社に主張し得る抗弁は、原告に対しても同様に主張し得るものである。

(六) よって、被告は、原告が前記清算金を被告に支払うまで、本件土地建物明渡を拒絶する。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)の事実は否認する。同(二)の事実中、被告主張の債権が未回収であったことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。

2  同2、同3の主張は争う。

3  同4(一)、(二)の事実は認めるが、同(三)の主張は争う。同(四)の事実中、訴外会社が昭和五一年末に経営が破綻し、同五二年一〇月一日に訴外伊藤忠に吸収合併されたことは認めるが、その余の事実は否認する。同(五)の主張は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1(代物弁済)、同2(賃貸借契約)の各事実、同3(原告の本件土地建物等の買受と賃貸人の地位の承継)の事実中、同2(三)記載の特約を原告において承継したとする点を除くその余の事実は当事者間に争いがない。

被告は、原告が賃貸人の地位を承継したとしても、本件賃貸借の内容のうち無催告解除の特約は承継しない旨主張するが、賃貸借の目的たる不動産の所有権を取得するに伴ない、当該賃貸借における賃貸人の地位を承継する者は、特段の事情のない限り、当該賃貸借の内容をそのまま承継するものと解するのが相当であるから、右の特段の事情の認められない本件においては、本件賃貸借における右無催告解除の特約も原告において承継するものと解すべきである。

二  抗弁1(通謀虚偽表示)について

1  抗弁1(二)の事実中、訴外会社の被告に対する売掛金債権、手形債権、貸付金債権等合計金一一億円以上にのぼる債権が未回収のまま放置されていたことは当事者間に争いがない。

2  被告は、本件代物弁済は被告と訴外会社が通謀の上なした虚偽表示である旨主張するが、被告提出の各証拠その他本件全立証によるも、右主張事実を認めることはできない。

かえって、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  被告は、バルブコックの製造等を目的とする株式会社であるが、昭和四一年頃、被告の対ソ連邦貿易の仲介商社が倒産した際、その後継を訴外会社が引受けたことから、同社と取引関係を持つに至った。

その後の同四二年頃、被告が昭和三〇年来の労使紛争を労働組合側に対して和解金を支払うことにより解決した際、訴外会社から右資金の融資を受け、これが後に被告への出資金に転化されて訴外会社が被告の株式の約半数を取得するに至った結果、被告は、訴外会社の一系列会社となった。

そして、訴外会社は、常時、自社出向社員を被告役員に就任させていたが、昭和四六年には、自社社員の中田慶一(以下「中田」という。)を被告代表取締役社長として出向就任させるまでになった。

(二)  しかし、被告が、いわゆるオイルショック以降の経済不況のため、昭和四八年頃から製品売上げの激減により業績が悪化するに及んで、訴外会社は被告の経営支配に次第に消極的となり、昭和四九年二月頃、中田が代表取締役社長の地位を前中弘之(以下「前中」という。)に譲って訴外会社に帰社し、その他の訴外会社からの出向役員も帰社するに至って、被告の経営権は前中一族に復帰することとなり、又、訴外会社の持株も、被告や前中一族等が譲受ける等して買戻した結果、訴外会社は被告の経営支配から完全に手を引き、両者は対等独立の取引相手としての形態を整えるに至った。

(三)  訴外会社は、右のとおり、被告との特殊緊密な関係を解消し、被告を普通対等の取引相手として取扱うに至って、被告に対する債権の回収確保の方途を厳格に講ずるようになり、中田が被告の代表取締役社長であった間は仮登記のままであった本件土地建物等についての昭和四七年六月二〇日受付根抵当権設定仮登記(極度額金六億五〇〇〇万円)、同じく同四八年一一月二八日受付根抵当権設定仮登記(極度額金二億円)を、同四九年七月二四日にはいずれも本登記に改め、又、同五〇年二月二二日には更に代物弁済予約を原因として所有権移転請求権仮登記を了するに至った。

(四)  しかるところ、訴外会社は、昭和五〇年秋頃、米国子会社の営業上の失策から経営不振に陥り、同年末には会社解体の危機を迎えるまでになって、未回収債権の迅速な回収の必要に迫られることとなった。

そこで、訴外会社は、被告に対しても、本件土地建物等を代物弁済して被告の訴外会社に対する負債を減少させること、その上で被告自らの再建を図るべきことを求め、被告も、当時、訴外会社に対する負債が一一億円以上にのぼっており、借入金に対する金利だけでも月に七〇〇万円を下らない状況にあることや、自己振出の支払手形の決済を訴外会社において猶予する便宜を図ってもらう必要等から、訴外会社の右要求を容れることとし、昭和五一年二月二五日付で本件代物弁済に応じたものである。その際、所有権移転登記に必要な登録免許税は、合意に基づき、被告において負担し、固定資産税等の公租公課も、昭和五二年上半期位までは、訴外会社の請求に従い、被告が支払った。

(五)  その後、被告は、昭和五二年一〇月以降、請求原因第2項記載の賃借料月額五〇〇万円の支払を滞るようになり(この事実は当事者間に争いがない。)、後記のとおり本件土地建物等の所有者兼賃貸人となった原告の督促を受けて、同五三年一月三〇日、被告代表取締役社長前中、同営業部次長岡村が原告事務所を訪問して協議した際、前中らは、原告に対し、資金繰困難のためと称して月々の賃料額の減額を懇請したものの、本件代物弁済が虚偽表示で無効であるという如き主張は格別しなかった。

又、右協議の際の原告の要求に従い、被告において作成し昭和五三年二月九日、同年三月八日に原告に交付された借入金返済計画書はいずれも、被告において原告の所有物件を賃借使用しているものであることを前提として作成されており、更に、同年一〇月一九日に原告に交付された被告作成の「返済及売上計画」と題する書面は、被告の負債が本件代物弁済により減少したことを前提として作成されていた。

もっとも、右認定のとおり、本件代物弁済においては、その後も引続き固定資産税等を被告において支払う等の処理がなされているが、しかし、これとても、訴外会社が本件代物弁済に係る自己の負担、損失を極力抑制するべく図った措置に過ぎないと考えられるから、これをもって被告の前記主張事実を肯認させる資料ということはできない。

三  抗弁2(商法第二四五条違反)について

商法二四五条第一項第一号にいう「営業ノ全部又ハ重要ナル一部ノ譲渡」(以下「営業譲渡」という。)とは、一定の営業目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産の全部又は重要な一部を譲渡し、これによって、譲渡会社がその財産によって営んでいた営業的活動の全部又は重要な一部を譲受人に受継がせ、譲渡会社がその譲渡の限度に応じて法律上当然に競業避止義務を負う結果を伴うものをいう(最高裁判所昭和四〇年九月二二日大法廷判決民集第一九巻第六号一六〇〇頁)と解されるところ、本件代物弁済においては、譲受人たる訴外会社において被告が本件土地建物等によって営んでいた営業的活動の全部又は重要な一部を受継いだ訳ではなく、かえって、譲渡人たる被告がさらに本件土地建物等を訴外会社から賃借して自己の営業を継続したものであることは当事者間に争いのないところであるから、本件代物弁済が営業譲渡に該当しないことは明白であり、従って、被告の抗弁2は、その余の点を判断するまでもなく、失当といわなければならない。

四  抗弁3(商法第二六〇条違反)について

本件代物弁済は、これを為すにつき、被告の取締役会の決議を経ることを要するものであることは被告主張のとおりであるが、しかし、株式会社の代表取締役が、取締役会の決議を経てすることを要する対外的な取引行為を、右決議を経ないでした場合でも、右行為は、相手方において右決議を経ていないことを知り又は知ることができたときでない限り、有効とすべきものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四〇年九月二二日第三小法廷判決民集第一九巻第六号一六五六頁参照)ところ、本件においては、本件代物弁済につき被告の取締役会の決議を経ていないこと、及びその事実を訴外会社が知り又は知り得べきであったことについて何等立証がないから、被告の抗弁3も失当として排斥を免れない。

五  請求原因4(賃料額の約定)、同5(被告の債務不履行)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

六  請求原因6(本件賃貸借の解除)について

本件賃貸借においては、賃借人たる被告が賃料を三か月以上滞納した場合には、賃貸人たる原告において催告なくして解除の意思表示をすることができる旨の特約の存することは前記一で説示したとおりである。

原告は、本件賃貸借は、昭和五二年一二月末日限り解除された旨主張するが、右同日以前に原告から被告に対し本件賃貸借解除の意思表示がなされたことについて何ら主張、立証しないから、右主張は失当である。

しかし、原告が、被告に対し、昭和五三年七月一四日到達の書面で、被告が三か月以上賃料を滞納していること及び支払停止に陥ったことを理由に本件賃貸借解除の意思表示をしたことは当事者間に争いがないから、本件賃貸借は右同日解除されたものというべきである。

七  抗弁4(同時履行)について

被告は縷々主張するけれども、仮に、本件代物弁済が、被告主張の如くいわゆる仮登記担保権の実行としてなされたものであるとしても、債務者たる被告において、いわゆる清算金支払と目的物件の引渡とが同時履行の関係にあることを主張し得るのは、担保権者たる訴外会社に対してのみであり、担保の目的物件たる本件土地建物等について訴外会社からその所有権の移転を受け、その旨の登記を了した第三者である原告に対しては、右同時履行の関係を主張することはできないものと解するのを相当とするから、被告の抗弁4も採用できない(なお、被告は、被告が訴外会社に主張し得る抗弁は原告に対しても主張し得る旨主張するが、被告主張の抗弁4(四)の事実のみによっては、被告の右主張は肯認し難く、他に右主張事実を認めるに足る証拠もない。)。

八  請求原因7(賃料相当額)について

請求原因4(賃料額の約定)の事実が当事者間に争いのないことは前記のとおりであるから、他に特段の事情の主張、立証のない本件においては、昭和五三年七月一四日以降の本件土地建物等の賃料相当額は、一か月金五〇〇万円と認めるのが相当である。

九  結論

以上の事実によれば、被告は、原告に対し、本件土地及び建物を明渡し、かつ、昭和五三年一月一日から同五三年七月一四日までの間は本件土地建物等の賃料として、同月一五日から右明渡済に至るまでは賃料相当の損害金として、一か月金五〇〇万円の割合による金員を支払う義務がある。

よって、原告の本訴請求は、これを正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

なお、仮執行宣言の申立については、相当でないから、これを却下する。

(裁判長裁判官 山口繁 裁判官 上田豊三 裁判官佐藤拓は職務代行を解かれたので署名捺印することができない。裁判長裁判官 山口繁)

〈以下省略〉

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